祝!リビングインケアンズ 創刊25周年

  2020/03/17  魂が喜ぶ働き

数ヶ月前、編集長のTOMOさんがお店にやってきて「リビングインケアンズ が25周年を迎えます。創刊者として恵子さんのメッセージを寄稿していただけませんか?」と言われました。

商品のディスプレイをしていた私、もう25年?とびっくり。

 

「あったらいいのにな」で始めた時、知識も経験もお金も人脈もありませんでした。あったのは怖さ知らずの情熱だけ。

そんな私が1人で頑張っていたのを、1人2人と支えてくださる方がやってきて、リビングインケアンズ は続いたのです。

1995年3月に始めて半年で、この世から消えたいと思うぐらいショッキングな出来事があり(いつかメンバーさん限定記事にするかも)、その後、本当に1人でした。

発行を辞めても良かったのですが、20代と若くて変に正義感が強かったので、1人でも読者さんがいる限り責任を持って続ける!と決め、自宅の一室で孤立奮闘していた。

取引先は、日本人で(当時、大京がケアンズで大規模な開発を進めていたため、親日派と反日派に分かれてた)、何の経験もない、頼りない私が話をしても冷たかったです。

マーフィーという苗字を言うと「ああ、外人がちょっと来て何かやろうとしてるんじゃないんだな」と言う雰囲気で少しだけ壁が低くなって。

広告主さんも、日本人コミュニティも軒並み「お手並拝見」という感じでした。

当たり前ですよね。

依存心は捨てる。言葉じゃなくて、行動で示す。

そんなことを深く胸に刻み、コツコツ発行し続けるうちに、周りの態度が少しづつ変わってきました。

 

お祝いメッセージ、市長さんなどスーツの方の中で1人地べたに座るおばさん=私(笑)

 

初めて外部からヘルプをしてくれたのは、YASU さんというワーキングホリデーの男の子。当時SNSもメールもなかったので、今どこで何していらっしゃるのか分かりません。。

「雑誌作りに関わりたい!僕、配達もしますよ!」と言ってくれたんです。

1995年当時は月刊だったので、取材して広告営業して、記事書いてエディトリアルデザインして、配達して、インボイスを発行して、ってもう1人では限界だった時。

どこで出会ったのか全く記憶がないのですが、彼はシティの自分のアパートに何十箱という雑誌を置き、なんと「自転車」で配達してくれました。

「恵子さん、リビングインケアンズ って長いから、リビケンって呼ばれてるみたいですよ」と教えてくれたのも彼。

私はルーティーンの一環で配達していたので、読者さんの声を聞く余裕が全くなかったのです。

ニックネームがついたなんて!と感動しました。

印刷費をギリギリ出せるかという広告収入で、自分自身も2年くらい無収入だったので、YASUさんには申し訳ないことに、ご飯ぐらいしか提供できなかったのだけど(細い体で大きなステーキを食べてたな)

「楽しいし、自分が書いた記事が誌面に載ってるなんて本当いい体験っすよ」と言ってくれて、どれだけ救われたか。。

その後彼は帰国。

直接お礼を言えないのが残念ですが、リビングインケアンズ が続いたのは、あの時YASUさんと出会えたことが大きいです。感謝しても仕切れない。

 

 

少し後、妊娠が分かって、またまた「もう無理かも。」と思った時、グラフィックデザイナーだった弟が、ちょうど会社を辞めたということで、ケアンズに来てくれることになったんですね。

ビジネスビザで呼び寄せる以上、スポンサーとなって所定の給与を払わなければならない。

私にとっては大きなステップだったので、怖かったです。

でも、やっぱり作り続けたいと、ビザの申請も自分でしました。結果は、彼の才能によって、雑誌以外のデザインのお仕事をいただけるようになり、ビジネスは成長。

長男を生む前日まで仕事をして、生まれた日もクライアントさんの対応をしてたくらい忙しくなりました。

 

初期の頃のお仕事の一つ。ツアーからお店、政府関連団体まで、ケアンズの観光用のキャラクターやロゴや販促物は数え切れないほど手掛けさせていただきました。

 

創刊して2年3年と時間が経つにつれ、ワーホリの女子たちや、ライターさん、編集者さん、営業さん、デザイナーさん、ウェブサイト専門の方、と少しづつ必要な方がやってきてくれました。

皆さんのお名前もお顔もはっきり覚えています。

こうしてブログを書いていても、喜んでいただける媒体を創る という一つの目標に向かって、それぞれ力を発揮してくれた姿が心を巡り、涙が出てきます。

それは、至らなくてすみませんとか、出会いの奇跡に対する感謝とか、個性の素晴らしさに対する畏敬とか、ご好意や行動全てに関する感謝とか。。

色々な感情が混ざった涙なんだけど、とてつもなく温かい。

1人では何もできない。

つながることの尊さを、思い出させてくれる涙です。

 

1998年の年末、自宅の一階をオフィスに改築して仕事してた頃。この後、息子が物心ついてきたので、プライベートと仕事の空間を分けるため、シティにオフィスを借りました。

 

 

最初の頃は、誰かが辞める度に心がどんより重くなり「何か悪いことしたんだろうか?」と自分を責めていました。

でも次第に、それぞれの長い人生のほんの一時、クロスしているお仲間なんだ。離れて行くのは当たり前。

特に、オーストラリアで終身雇用なんてあり得ないし、自分自身、将来何をしているのか分からないのが好きな訳で、人様を縛るなんておこがましい、と気づいて。

JC Creations という会社は学校」と気持ちを切り替えました。

そうしたら、スタッフさんが辞める時はもちろん寂しいけど「卒業おめでとう。」に。

在校?期間を、より有意義に過ごして欲しい、と思うようになり、

「チャレンジしたいことをしてみて。私が責任取るよ」と男気も育ち(笑)。

実際に、特集の企画取材、オリジナルプロダクトの販売、イベントの企画、ガイドブックの発行など、スタッフさんの意欲から生まれた仕事がたくさんあります。

 

オリジナルTシャツを着て、ワールドカップ の日本vsオーストラリア予選を観戦したイベント。超盛り上がっただけでなく、オープンしたてのパブのプロモーションにもなり、とても喜ばれました♡

 

意志はエネルギーなんですね。

やらされでなくて、やりたいことは、大変でも楽しい。

もちろん、辛いことも色々あったと思うし、毎日仲良しこよしでやっていた訳でもありません。でも、思い出すのは、やっぱり尊くて重みのある時間。

 

2011年、父親が余命宣告を受けて、悩みに悩んで廃刊を決め、スタッフさんに告げた時、仕事がなくなってしまうというのに「転機として捉えます。命の方が大事です。良きようにしてください」と言ってくれました。

混乱していた私を救ってくれた。

彼らに恥じない生き方が出来ているかな、とふと思います。

もっと精一杯に、進める余白があるな。。そんな感覚がこの1、2年あり、冬至に次にやることの決意をしました。

まだ具体的には進んでいないけれど、行動を続けるうちに、必要な時に必要なことが起こることを知っているので、焦ってはいません。

 

冬至の決意

 

最後になってしまいますが、リビングインケアンズ が25周年を迎えられたのは、2011年から引き継いでくださったオーナーさんと、スタッフの方々のお陰です。

ワーキングホリデーの同期で、今は多くの事業を展開されている社長さんが「ケアンズに根付いている、この雑誌を終わらせてはいけない」と、手を差し伸べてくださった。

本当にそれも予想外のことでした。

新たなスタッフさんの元、雑誌は立派に成長し、今は関空でも配布されていたり。

すごいなあ、と思って見ています。益々なくてはならない存在になっていますね。

TOMOさん、YUKOさん、お疲れ様です。誠実なお仕事ぶりに頭が下がります。有難うございます!

 

 

ウェブサイトもインスタグラムも、Facebookも、ケアンズの情報満載。ケアンズに少しでも興味をお持ちでしたら、ぜひ覗いてみてください。

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陰ながらずっと応援させていただきます✨

 

そして、私も「メディア=中庸・表現の手段」という語源のままに、それぞれの方が個性を発揮できる場(媒体)を創り続け、

一生、光るものを集めて編む 編集者でありたいと思います。

 

 

 

※今、力を注いでいるのは2月の終わりに立ち上げたサークル。天分ビジネス的な視点で、読んだ本やエピソード、日々の気づきなどをほぼ毎日、FB非公開グループに投稿中。(SNS苦手と思ってたから自分でも驚き)コメント欄も盛り上がっていて、温かい場が育ってます。こんな時代だからこそ、一緒にビジネスに関する色んなことを解決し、成長できたらと思っています。よろしかったら活動内容をご覧ください

 

魂が喜ぶ働き


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マーフィー恵子


オーストラリア・ケアンズに93年から暮らす。95年に現地情報誌を創刊、編集長を経て現在は「本当の自分を知り、生きる」を主テーマにセレクトショップ、セッション、旅、学びの場などを展開中。
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