人に心を開くには

  2018/03/19  幸せのヒント

「人にどうやって心を開いたらいいか、わからない」と言う方がいます。

人に対してオープンになりたいと願うということは、本当は、もっと色んな人たちと出逢いたいのだと察します。物理的に出逢うだけでなく、心と心の触れ合いを求めてる。

誰に対しても何でもペラペラ話したり、誰とでもつながりたい訳ではないでしょう。(わたしは人が集まっているところが苦手で、あまり人付き合いが良くないけど、人は好き)

本当は、もっとわたしのことを知ってほしい。
でも、関わって、傷つきたくはない。
自分を見せたら、どう思われるかが恐い。
相談したいけど、自分で解決しちゃった方がラク。
本心を出すより、人と合わせておいた方が、場が丸く収まる。
どうせ利用したくて近付いてるんでしょう。
観察して、危険がなさそうだったら少しずつ自分を見せていこう。。

 

と、そんな風な思考回路に疲れてしまい、殻をつくって安全な仲間とだけ一緒に、もしくは一人でいる。そんな感じでしょうか。

でもやっぱり、人に対して心を開きたいと思うなら、まずはそんな自分を認めることから、ですね。

本当は、もっと輪を広げて、心の通った交流をしたいと望む自分を。

 

人に対して心を開きたいけど開けないのは、育った家庭環境だったり、職場の人間関係だったり。。いつかどこかで、人と関わるのが恐い、面倒、とう気持ちが生まれてしまったからかもしれません。

そんな人は「人との温かいつながりを持つ」ことを人生の課題として生まれた可能性があります。

その課題により深く取り組むために、今までの様々な体験があったのです。

 

 

 

「人に対して心をオープンにすると、痛い目に合う」と思うと、痛い目になる経験が訪れます。

人を信じ切っている人は、人からも信じてもらえます。

いつも現実は、あなたの心が鏡のように映し出されているだけ。

 

相手を、そのまま受け取る。それが人に心を開く第一歩です。

「そのまんま」。いいも悪いも、好きも嫌いも。こんな役職だから偉いとか、お金持ちだからすごいとか、どんなジャッジもなく、ただそのままに、その人の存在を。

あなたもそうなように、誰もがお母さんのお腹から生まれ、様々な悲しみや喜びを体験してきた人間です。上も下もないのです。

話していて苦手とかムカつくとか、それは普通で(笑)。前提として、相手を命としての存在として受け取るという意味です。

 

そして、どんな人といても、どんな時も、そのまんまのあなたでいること。

人によって態度を変えたりしない。必要なときに、本心を伝えられるあなたでいること。

 

 

50年強生きていると、色んなことがありました。裏切られたことも、詐欺にあったことも、脅されたことも、利用しようと近寄ってくる人も。弁護士のお世話になったり、特にしごとにおいて試練がありました。もちろん、それ以上にたくさんの素敵な方々に出逢ってきました。

 

正義は勝つとも、自分が絶対に正しいとも思ってません。

ギブする人も、テイクするだけの人も。。色んな人が生きているのが、この世の中。
(移民が多いオーストラリアに暮らしていると面白いほど実感します)

 

ナイーブだった若いころは(笑)人間関係で自殺したいと考えたことすらあったけれど、トラブルの原因は自分の心の中にある、と次第に気づいていきました。例えば、自分の心の弱さにつけこまれたり。

痛い体験は、自分を成長させる何かを教えてくれるレッスンだった。

相手を責めても何も変わることはなく、自分が変わることでしか、心の安らぎは得られない、ということもわかりました。

人と関わって、たとえ傷づくことが起きたとしても、それもあなたを磨くための体験。更に自分を知っていくための儀式のようなもの。

 

 

人は、人と出逢うことで、自分という存在が浮き彫りになっていきます。

本当に大切にしたいことがわかってくるし、自分の価値観に沿わないことや、イヤなことにはNOと言えるようになる。

言い換えれば、自分を大切にできるようになるのです。すると、他の人の存在も、同じくらい大切になってきて、周りの人もあなたを大切に扱うようになる

「人に心を開けない」人は、傷つくことを恐れるあまり、自分自身も、周りの人も大切にしていないという、切ないスパイラルに入っています。

 

 

昨年訪れた伊勢神宮

 

神社って、誰でもお参りできますよね。誰にでも開かれています。

でも奥に祀られているのが、とても神聖な存在だから、参道を歩く人はそれなりのリスペクトを持って歩を進めます。

神聖な存在は、「お金を払わない人はタタリがある」と脅しているわけでもないし、「わたしを傷付けようとしても無理だよ」と威嚇しているわけでもないし、「お願いですから来てください」と媚びているわけでもない。

そのまんま、の状態で、お参りに来る人たちを、そのまんま受け入れています。

ご利益目当てに来る人が多いかもしれないけど、それでも毅然と在るだけでいい。

 

 

もし、自分のことを神聖な存在だと知ったら?

ぞんざいには扱えませんよね。

尊厳をもって、自分に接することです。

開いてはいても、自分の聖域を侵す人が入ってきたら、NOと言う。

人からどう映るかなんてコントロールできないのだから。。せめて自分は「自分のことを大切に扱う」と決めましょう。その後、出逢っていくのは、きっとあなたを大切にしてくれる人たちです。

 

心を開こうと頑張る必要はなく。

尊厳をもって自分を扱う。

相手をただ「命の存在」として受け入れる。

自分と等しく、周りも尊重する。

 

こうしたふるまいの中で、ご縁がある人とは関係が深まっていき、離れる人は離れる。そんなシンプルさでいいのではないでしょうか?

 


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マーフィー恵子


パウチ店主・パウチトラベル主催。オーストラリア、ケアンズに20年以上暮らしています。現地情報誌発行人を経て、現在は「ピュアな自分に還る」をテーマに活動中
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