アボリジニと火 〜命の炎に包まれた、2018年夏至の記憶
2018/06/27 アボリジニの聖地・教え, ケアンズ・ソウルジャーニー
命を再生する
命を昇華させる
真っ赤な炎。
様々な想いを抱きしめた大地から大空へ。
今宵は夏至。
1年の中で、太陽の光がもっとも強く降り注ぐこの日に私たちが向かったのは、赤道からほど近い、赤い大地と、手つかずの原始的なブッシュが残る聖地。
ケアンズから北西に車を走らせること3時間と少し、ユーカリ林と蟻塚が途切れなく広がる。
遠くに視線をやりながら、アボリジニのガイド、ジョニーが言った。
「大地が泣いている」と。
「木陰をつくる林冠を燃やしてはいけないのに。彼等(土地を管轄する団体)は焼き尽してしまうのさ。あの土地が再生することは、もうないだろう」
窓から見る草原からは、まだ煙が出ている。
なるほど、ユーカリの樹々は上まで黒く焦げていた。
アボリジニの人々は、何万年もの間、火で大地を浄化してきた。
適切な時に、適切な条件のもと、大地に火を放ち、不要なものを焼いて新しい命を再生させる。そんな自分たちの火の管理のことを「Cold Burn」と呼ぶのだと言う。一方、白人のやり方は「Hot Burn」。
「俺等が燃やした後の土は、直後だって触れるくらいの温度だ。樹の根っこや幹や林冠を燃やすこともない」
そっと触れると、焼けた雑草は不思議なほどにやわらかくて優しい。黒く焦げているのに、炭が手につくこともなく、パウダーのようになってふんわりと土に還った。
誰かに頼まれたからではなく、先祖代々が守ってきた大地を、次の世代に受け継ぐため、一人ブッシュに入り、火で管理するジョニー。
燃え具合を確認しながら、ときには朝方までいると言う。
Cold Burnを行うのは、草についた朝露が自然に火を静めてくれる時間帯で、風向きなども慎重に選ぶ。
自然と共に生きてきた、アボリジニの人に伝わるカレンダーがあり、樹の種類によって、焼くべき季節も決まっている。
「白人は火と闘う。俺等は火から恵みを受け取り、火と共に暮らす」
火星がひときわ強く赤い光を放っていた、夏至の夜。
「他人に見せたことがない」という、神聖な儀式にも似たCold Burnに連れて行ってくれた。
4駆でブッシュに入り、植生のバランスを見極めて、Cold Burnをするべき場所まで草をかき分け歩を進める。
ジョニーは手慣れた仕草で火をつけた。
炎は一旦、上に向かって勢いよく燃え上がると、次第にゆるやかに、輪になって広りはじめた。
「火が一気に広がらないから、虫や動物たちが移動する時間もあるんだ。」
彼には、いつごろ、どの辺りで火が鎮まるかも分かっている。
「この緑の草の手前で、明日の夜明けごろには鎮火するだろう」
樹の幹のてっぺんまで駆け上らない炎は、まるで魔法のようだ。
私たちは、まっすぐな熱と、神聖な光に包まれる。
そこはとても厳粛で、安全な場所だった。
パチパチと火がたてる静かな音以外、何も聴こえない。
静寂の中で響き渡るのは、
命の鼓動。
一瞬ごとに姿を変える炎に、一回生起の人生が重なる。
命を生かす炎は
ただただ、美しく。
すべてがゆらめく炎の中で、昇華され、天に上る。
不要なものは静かに姿を変え、純粋なものだけが息づく大地。
その大地に、今、立っている。
漆黒の夜を赤く染める炎に吸い込まれ、
私は、雲ひとつない空、そして大地とつながった。
この夏至の夜を、一生忘れることはないだろう。
地球の片隅で、火と共に大地を守っている人がいることも。
私たちは、大地と宙の間で生かされている「人間」であることも。
忘れない。
心に灯された火は、熱と光と共に、静かに燃え続ける。