アボリジニ文化の祝典・ローラダンスフェスティバルで感じた「観る」ことについて

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ケアンズから北西315kmの場所にあるLaura(ローラ)。

空は印象的に青く、深く。

 

 

ユーカリや灌木が続く乾いた平原、柔らかくさらりとした赤土。

 

 

 

射すような日の光、独特の甘い香りが漂う空気。

岩も樹々も、大地も、深いトーンに彩られ、輪郭が明確。そして、1つ1つが重厚な存在感を放つ。太古から時を重ねた威厳をもって。。

 

 

 

私にとってのローラは、異空間。

深呼吸をすると、頭の中のごちゃごちゃが一瞬にして吹き飛び、自分の足がすーっと地面に根を張っていく。そんな不思議な力に満ちた場所。

 

ちっぽけな自分が、今、この大地に立っている。それ以上でも、それ以下でも、ない。それだけのシンプルな事実。この感覚を味わいたくて、2年ぶりにここを訪れました。

 

 

 

 

旅のお供は、前回同様Mihoさん。不動産会社を経営するバリキャリ女性で、私とはまったく違う世界で、仕事に全身全霊を捧げる姿が美しく、カッコいい。今、情熱を注いでいるNova Cityは、単なる開発でなく、ケアンズの街を変える。そんな、揺るぎない信念を持って日々努力する姿勢に刺激をいただいてます。

 

車を走らせて、建物も何ない、牛と鳥だけがいる雄大な光景の中に入ってゆくと、心も開けっぴろげになって。道中、身の回りのこと、仕事の話、今考えていること、今後の夢。。尽きることなく語り合いました。

 

 

 

おしゃべりに花を咲かすうち、3時間半ほどでローラに到着。お目当ては、2年に1度、先住民の人々が一堂に集うダンスフェスティバルです。

 

もう、入口からしてオーガニック。見逃しそうなほど何もない。会場までの道沿いは、3日間のイベントのために、寝泊まりする人たちの車がたくさん泊まっています。テントの張り方もわからないので(笑)、私たちは近くのモーテルに泊まりましたが、こんな場所でキャンプしたら、さぞかし気持ちいいでしょう。

 

 

 

会場と言っても、ステージがあるわけでもなく、区切りすらもありません。オーディエンスは、好きなところで自由にダンスを観賞します。

 

もちろんプログラムもない。「そろそろ午後の部が始まるよ。◯○部族、集まって」というアナウンスから、どのくらい待ったでしょうか(笑)司会の1人は、楽しそうに冗談ばかり言ってるし、とにかく縛りが少ない。

この大らかさが好きです。

 

 

 

今年初出場という、アイランダーの方々。飛び跳ねて、切れのある舞に、会場は大盛り上がりでした。人間が環境と共に生きる中で培われた文化は、本当にそれぞれが個性的で素晴らしいですね。目が釘付けになるような動きでした。

 

 

 

ケアンズに観光に来る方にもおなじみのキュランダから参加したダンサー達。男性のみの力強いパフォーマンスが印象的でした。

ディジュリドゥの音色が響く中で、低く唸る声と共に大勢が蹂躙すると、砂埃がまいあがり、別世界に連れて行かれたような気持ちに。

 

この時、砂を吸い込んだからなのか、私はめまいがしてきて、段々と具合が悪くなっていきます。。(翌日の壁画巡りもできなかった。。涙。書いている今も同じ症状が。。)

 

 

 

今回iPhoneで写真を撮ってみようと、念のため2つも持っていったのですが、会場に着いたら、電源が2つとも切れて、うんともすんとも言わなくなってしまいました。もちろんフル充電で行ったのに。

 

何年か前に、取材である長老を訪ねたときもそんなことがありました。持って行ったペンが、3本とも急に出なくなってしまったんです。(筆圧が弱いので、取材にはペンを使うことが多い)

 

真っ青になりましたが、長老が「私はストーリーテラーだ。君たちはストーリーキーパーとして、これから私が話すことを、心の耳で聴いてほしい。」と言ったとき、気づいたんです。

 

ああ、いつも道具に頼ってるって。

 

メモを取らなかったその取材は、語ってくれた時のシーンや、リアルな空気感が心に残りました。言葉にならない何かが、風に舞う木の葉のように心の中に入って来て、書くときに私はそれを拾い集めるだけで良かった。

 

 

 

今でも、昔ながらの生活に近い暮らしをしているアボリジニの人たちはテレパシーを使えると言いますが、そういった力は、本来人間誰もが持っていたもので、現代の文明に頼り過ぎたために失っただけなのかもしれません。

 

iPhoneが使えない今回、レンズ越しでなく、この目でしっかり観よう。そう思いました。(代わりに撮ってくださったMihoさん、有り難うございます)

 

 

 

 

「観る」ということに関して。

もう1つ、シンボリックなことがありました。

 

「この会場には世界各国から9000人を超える人々が集まってる。日本からは盲目のシスターズも来てくれたんだ!」と、司会者の方が紹介したのです。

 

大きな拍手がわきあがりました。

 

えっと思って前を見ると、若い日本人の女性が2人立ち上がりました。「I love you, guys !」と、満面の笑顔で答えた姿が眩しくて。午後の日射しを受けて、彼女たちは本当に輝いていました。

 

目で見なくても、きっと、鮮明に「観て」いらした。

この場に流れるワンネスの響きと、つながりを。

 

 

五感を超える何か。それは確実にある、と思います。私はまだまだ便利な文明の力に頼ってしまうけれど。。

 

 

 

ローラダンスフェスティバルでは、毎年勝者を決めるのですが、今年は3つの部族が同点優勝でした。(初めてのことだそうです)賞金も3等分。盾も巡回させるとか。

 

踊りの合間の司会の方の言葉、途中でマイクを持った若者の言葉に、自分たちの、大地と共に生きる生き方、4万年近く変わらず持ってきたものへの誇りがにじみ出ていました。

 

「白人が来てから失ってしまったものについて、今一度考える時だ」(観客にはもちろん白人の方がたくさんいたので、勇気ある発言だと思います)そう彼等は言いました。

 

きれいに取り過ぎかもしれないけど、私には、同時優勝という結果が、「勝ち負けじゃない。お互いの生をたたえる」ことの現れのようにも感じました。

 

 

 

人は、手を取り合わなかったら生きてゆけない。

 

肌の色でジャッジをしたり、支配や上下の関係を作ってしまったら、この地球は長く続かない。

 

見かけでなく、魂としての存在を尊重し合う必要がある。

 

大地にある美しい色彩を楽しむと共に、心の目を、今わたし達は開いていくときに来ている。

 

今回のローラの旅での気づきは、そんなことでした。

 

 

Laura Aboriginal Dance Festival

http://www.lauradancefestival.com/

公式ビデオ↓

 

 

アボリジニの聖地・教え